2013年9月6日金曜日

思想や世界観を伝えること

社会人における三大タブーってご存知ですか?


僕は証券会社にいた時、多くの方に資産運用のコンサル営業をしてきました。
入社して神戸支店に配属されたばかりの頃、営業部長に教わったことです。

訪問したお客様との会話で、政治、宗教、野球の話題にはあえて触れないこと。


これ、世間では有名のようです。検索するとすぐ出てきます。
社会人としての30の訪問・来客マナー


野球はユーモアでくっつけただけでしょう。今と違って高度成長期のプロ野球の熱狂は半端じゃ無かったので、そのような時代背景を受けて、団塊世代あたりが三大タブーとして広めたんじゃないでしょうか。「仕事の人間関係で安易に政治と宗教の話をすんなよ」という、あえて言うまでも無いほど当たり前なアドバイスが、三つ目の野球というオチが面白いので、あえて言いたくなるアドバイスになってしまったのだと思います。


本題は政治と宗教です。

では何故、安易に口にしてはならないのでしょうか。

それらは、「こうあるべき」「~であってはいけない」という、道徳や善悪の規範、正義(敵や怖れ)についての諸々の観念を束ねているからです。

世界とは?社会とは?自分とは?

そもそも人間とはどういうものなのか。

つまり世界観と信条。

意識的であろうとなかろうと、誰しもがそれを持っています。築きあげている。それは、その人の「今の生き方そのもの」であり、人生を通して培ってきた自我の基盤といっても過言ではありません。

そして政治と宗教は、個々人の世界観と信条に強い影響を及ぼしています。

人の心の有り様は、観念に大きく左右されます。同じような経験であろうと、同じ出来ごとであろうと、その解釈や感情がまったく異なるのは、各々の信じる観念の違いからであるとも言えます。参考「観念の作用


そういう人の心の核となっている事は、あーだこーだと軽いスタンスで話すものではありません。


このブログにはそういう事ばかりを述べていますが、日常生活や仕事において直接的に語る機会はまずありません。

聞きたいと本当に望んだ人にだけ、自身の真実として、そっと伝えてあげるものです。

あるいは語らずに、振舞いの中に滲み出るようにするものであり、
人間性の顕れの中に、そうと気付かせずに、醸し出すようにするもの。

または、歌や詩など、エンターテイメントやアートとして表現するものだと思います。



いくつか例を挙げます。

幼児アニメで人気のアンパンマンは、漫画家のやなせさんの「正義とは何か」という哲学的な問いから生まれました。そのテーマソングは迫力があります。

――――――――――――――
何の為に生まれて
何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのは嫌だ

今を生きることで 
熱い心 燃える
だから君は行くんだ 微笑んで


そうだ嬉しいんだ 生きる喜び
例え胸の傷が痛んでも

――――――――――――――

やなせさんはこう語っています。

困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても「正しいこと」には変わりません。絶対的な正義なのです。


メッセージが必要なんです。おもしろくすることばかり考えていると、肝心なものが抜けてしまいます。ただおもしろいというだけではいい作品とはいえません。芸術映画でなくても、見る人の心に残るメッセージは必要不可欠、それが僕の作品を作る上での信念なんです。


この歌を子供の頃からずっと歌っていると、考えることが自然と身に付くような気がするんだ。そしてある時になると、わかる。僕がわかったのはいつかって? 60過ぎてからだな(笑い)。遅いんだよね


娘はアンパンマンが大好きです。テーマソングも流れるたびに大喜び。でも、この作品に込められたメッセージの意味を理解しているわけではありません。だからこそいい。人間として大切なことほど、言葉ではなく、在り方をもって伝え、生き方でもって示す。
参考:正義であること



ジブリの「風立ちぬ」で松任谷由美さんの「ひこうき雲」が採用されました。

―――――――――――――
白い坂道が 空まで続いていた
ゆらゆらかげろうが あの子を包む
誰も気づかず ただひとり
あの子は 昇っていく
何もおそれない そして舞い上がる


空に 憧れて 空を かけてゆく
あの子の命は ひこうき雲

高いあの窓で あの子は死ぬ前も
空を見ていたの 今はわからない
ほかの人には わからない
あまりにも 若すぎたと
ただ思うだけ けれどしあわせ


空に 憧れて 空を かけてゆく
あの子の命は ひこうき雲


空に 憧れて 空を かけてゆく
あの子の命は ひこうき雲

―――――――――――――


以下は、読売新聞のインタビューから抜粋です。

「ひこうき雲」は大切に封印してきた特別な曲 

―「ひこうき雲」は40年前にリリースされた同名のデビューアルバムに収録された曲ですが、どういうきっかけで作られたのですか。

松任谷 16歳の時、小学校時代のクラスメートが亡くなったんです。お葬式の知らせがきて、お宅に伺ったら遺影の印象がすごく強かった。不思議な感覚でした。本当にこの子だったんだろうかって。早くして亡くなるとはどういうことなんだろうかと、その時に感じた気持ちを自分なりに残しておきたいと思ったんです。

―「ひこうき雲」からは相対するふたつの「死」のモチーフを感じます。一つは「生きたいのに生きられなかった」。もう一つは「生きられるのに生きなかった」。

松任谷 映画のキャッチコピーが「生きねば。」でしょう。「ひこうき雲」は私にとってレクイエム(鎮魂歌)ですが、レクイエムって生きていく者たちに力を与えるものだと思うんです。それでよかったんだって思うことで次に進める。映画もまさにレクイエム的な終わり方。観客も作り手もまだまだ人生は続くんだっていう反転したポジティブで終わっていく。
自分の曲だけど、ラストにふさわしいと思えたのはそこなんです。帰結に役立ったかもしれないと思うと凄く嬉しかったです。

―映画を観てから聴いたら「けれど しあわせ」という歌詞に意志がぐっと込められていることに気づきました。強い気持ちで二郎と自分に向かい合った菜穂子の人生とも重なって。映画を観たことで曲を新鮮に感じる部分はありましたか?

松任谷 「ひこうき雲」は長らく自分の中で封印していたんです。レクイエムだということもあって、自分の中で大切にしたいと思っていたんでしょうね。ライブでも大切なときにしか歌ってこなかった。でも、映画の最後に聴くとすごく力強い歌だと分かった。朗々としている部分があるんだなぁって。気がつかなかった。

***************

歌詞の意味について、具体的な名言は避けていますが、
分別ある大人の聴き手が想像すればすぐ分かりますよね。


けれどしあわせ


そう表現する心は、命への無条件の信頼なのだと思います。
この世界に無駄な命、無意味な生死など一切なく、
悲しみも悲劇も、大きな真実においては、それも祝福されて在る。
だれも分からない。
でも、私はそう信頼している。そう祈っているの。

そんな想いが伝わってくるようです。





先日僕は政治について書きました。
そこで紹介した三宅洋平さんは、演説でこう言っていました。
伝えたいことを伝えるには、とんちとユーモアが大切だと。

それでも議論に熱くなり、感情的になってしまったら。
深呼吸して、景色を見て、心を落ち着かせて。
「一緒に私たちの社会を良くしたい。智恵を貸してほしい。協力してくれませんか」
と、和の精神に立ち戻る姿勢の大切さを述べていました。


世界観、信条を背負って語るときは、成熟した精神性が求められます。

思考や判断の軸となる拠り所であるために、
人のあり方に直結しているので、
「責められている」「馬鹿にされている」「尊厳を否定されている」という不安を与えかねません。怖れを動機にする人には不可能です。

そして言葉はどう頑張っても、個々人の観念とセンスに左右されて誤解を頻繁に生みだします。言葉のコミュニケーションは通訳不可能性に溢れています。慎重であるべきテーマというよりも、言葉だけで伝えようとすることは不可能なのでしょう。

話し手と受け手の生き方が伴っていなければ共鳴しようのない話です。


いかに語らずに、伝えるか。

語らせずに、受け取るか。

いかに受け手の感性から、自ずと生じさせるか。互いに生じさせ合うか。

真実のコミュニケーションであるほど、伝えるための作為は不純物となり、非効率です。

伝えるのではなく、あり方の純粋さから、自ずと伝わってくるものだから。



思想や世界観という、存在や命をめぐるスピリチュアルなメッセージは、
そういうことに気付いている醒めた意識同士でないと意味のある水準とはなりません。

生き様で、あるいは死に様で、伝えあう感覚。

表現で切り取らない、あるがままのコミュニケーションです。


これは難しい話ではなく、老若男女を問わず既に皆やっています。
ただ意識的にしている人が、偉大なリーダーや優れたアーティストであったのだと思います。


自分の、他者の、魂を動かす人たちです。



最後にユーミンの「やさしさに包まれたなら」を。
―――――――――――――
小さい頃は神さまがいて
不思議に夢をかなえてくれた
やさしい気持ちで目覚めた朝は
おとなにっても 奇蹟はおこるよ


カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ


小さい頃は神さまがいて
毎日愛を届けてくれた
心の奥にしまい忘れた
大切な箱 ひらくときは今


雨上がりの庭で くちなしの香りの
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ


カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の
やさしさに包まれたなら きっと
目にうつる全てのことは メッセージ
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